わびさんの小説「鏡の魔法使いと小さなトンボ」のページにようこそ!

「山陰写愛・並木組」についてご存じのない方のために少しだけ人間関係を解説する。2002年夏、山陰を拠点とした
並木 隆さんのファンサークル「山陰写愛・並木組」が誕生。並木さんが「組長」に就任した。たまたま結成記念の飲み会に居合わせた私は「副組長」という名誉ある役職をいただいた。その後、年に一度のペースで「並木組」に参加してきたのだが、組織というのは“派閥”ができるもの。表面的には仲が良さそうな並木組長と私だが、実は一緒に撮影に行っても、お互い手の内を見せない“腹の探りあい”が続いている。スキを見ては私の撮影した画像を見て、「マネしよ!」と言って、毎月、月カメに作品を発表する並木組長。私が日記に掲載している写真は、実は並木組長が構図を決めた三脚にそのまま私のカメラを載せて撮影したものだったりする。そんな中、私は「並木組」の幹部・たけトンボさんと、縁の下の力持ち・サトシさんに近づき、「トンボ撮り隊」を結成することに成功した。「トンボ撮り隊」はその後、ぐんぐん勢力を伸ばし、ぴっぴ隊員・まいこ隊員・たみサナエ隊員などの並木組・組員を獲得していった。その他、本人は知らないところで、「トンボ撮り隊」隊員にリストアップされている組員もいる(…そう、あなたです!)。一見、わいわいがやがや楽しそうな「並木組」だが、実は、内部はギスギスしたもの。わびさんの小説は、今後、どんな展開になるのか、私にもわからない。でも、きっと「トンボ撮り隊」が「並木組」を乗っ取るというストーリーだと思う。もし、ハッピーエンドで終わらない場合は、管理人の権限で即刻、削除させていただきます(笑)。
(2004年6月16日 管理人)


「鏡の魔法使いと小さなトンボ」 わび

第1話 静かなる陰謀(2004年6月16日)

「鏡よ鏡よ鏡さん…いや、レフよレフよレフ板さん、世界で一番トンボが好きなのは誰?」
「それは田中先生です」
今日もレフ板に向かって、満足そうに頷く田中先生。

田中先生が「並木組」の副組長になって3年。誰も気付いてはいなかったが、田中先生の正体は「トンボ撮り隊」の隊長だったのです。副組長になったのも、「トンボ撮り隊」の究極魔法「いつもお世話になっております、Mルタの田中です」を使ってのこと。組の乗っ取りを企んでいたのだった。


第2話 忍び寄る影(2004年6月17日)

ある日、いつものように鏡(レフ板)に問いかけると、思いがけない答えが返ってきました。  

「この世で一番トンボが好きなのは、竹本さんです」 
「なんですってぇっ?」 

驚いた田中先生は、1人の組員を呼びました。 

「高木組員、いや、トンボ撮り隊・サトシ隊員よ。
 竹本さんが撮影中、田んぼに突き落としておしまいなさい」
「わかりました」

しかしサトシ隊員は、竹本さんを撮影に誘ってはみたが、
気の毒に思い、田んぼに突き落とすことは出来ませんでした。 


第3話 堕ちたカメラ(2004年6月18日)

しばらく撮影をしていると、突然、田んぼの静けさを切り裂くような叫び声が響きました。

「あぁあっ!!」 

見ると、竹本さんが田んぼにカメラを落としてしまっているではありませんか。 ※実話です。

『オレのせいじゃないよなー』と安心したサトシ隊員は竹本さんに、田中先生から、竹本さんを田んぼに突き落とすよう命令されていたことを告白し、早く逃げるようにと言いました。
竹本さんは、「それではサトシ組員がアブナイのでは?」と心配しましたが、まー、人のコトだしなと思い、素直に礼を言い、しばらく山に隠れることにしました。 
サトシ隊員の「竹本さんは、しばらく撮影できないようです」という報告を聞くと、田中先生は満足そうに頷きました。


第4話 暗闇の果て(2004年6月19日)

一方、山に隠れることにした竹本さんが、当てもなく、暗い道をトボトボと歩いていると遠くに明かりが・・・。
近づいてみると、そこはカメラのKタムラ米子店でした。
店内でウロウロしていたサトーくんに事情を話すと、彼は泥だらけのカメラを受け取り、こう言いました。

「はははー、それは大変でしたね クリーニングの手配をしておきますよ」
「じゃー、よろしくー」

カメラを預け、竹本さんはとりあえず家に帰ることにしました。


第5話 もう1つのカメラ(2004年6月20日)

それから幾日も経ちました。
カメラをクリーニングに出してしまった竹本さんは、とても寂しい日々を送っていました。
あまりにかなしそうに過ごしているので、周囲の人々は心配してこう言いました。

「前、使っとったカメラで撮ればいいへん?」 
※「いいへん?」=「いいんじゃない?」という意味の米子弁。

それを聞くと、竹本さんは輝くばかりの笑顔を見せ、強く強く頷きました。

「そうっすね! そうっすね! よかったー、カメラをたくさん買っておいて」

翌日、早速仕事を休み、撮影に出かけていくのでした。
笑顔が戻った竹本さんをみて、周囲の人々は、とても喜びました。


第6話 激しい怒り(2004年6月21日)

竹本さんに笑顔が戻った翌日。
何も知らない田中先生は、いつものように鏡(レフ板)に問いかけ、鏡の答えに驚愕するのでした。 

「世界で一番トンボの撮影が好きなのは竹本さんです」
「なぜ?! もう撮影はできないのではなかったの?!」  

田中先生は怒り、手にしていた並木組bQの証・高級三脚で鏡を割り…レフ板を破り、

「二度とトンボの写真を撮れない様にしてやる〜! イェ〜」

と、ギターを弾き語りしました。  
ひとしきり「トンボのメガネ」を熱唱し、冷静になった田中先生に1つの考えが浮かびました。それは、とても恐ろしい考えでした。


第7話 罠(2004年6月22日)

田中先生は、自分が田中先生だとバレないようにするため、わざわざMノルタを退職し、Oリンパスに入社して竹本さんのもとへ行き、こう言いました。

「カメラはいらんかえ」  

クリーニングに出したまま帰ってきていないカメラが気になってはいたけれど、

「今は前使ってたカメラを使ってるから、いらんわ」

と、竹本さんは断りました。
すると田中先生は、しり込みする竹本さんの耳元で、とても優しい声で囁きました。

「このカメラは撮像素子にゴミがつかないんですよ・・・」
「ええ!? ホントっすか」

この一言には竹本さんもググッと来てしまいました。
そして、ついに・・・


第8話 興奮の渦(2004年6月23日)

あぁ、ついに田中先生の差し出すカメラを手にしてしまうのでした。
カメラを握り、ファインダーを覗く。
出てくるのは「いいっすね〜 いいっすね〜」という賛辞の声と、
「んふー んふー」という鼻息ばかり。
なんということでしょう・・・
あまりの興奮に竹本さんは失神してしまいました。
恐ろしい計画を成功させた田中先生は、おうちに帰り、トンボのメガネを歌いながら、出かける前に割った鏡(レフ板)をセロハンテープで修復し始めるのでした。


第9話 かすかな羽音(2004年6月24日)

あまりの興奮に失神してしまった竹本さんを、多くの組員が心配そうに見守り、囁き合っています。

「がいに満足げな顔でカメラ握っちょーなーし(笑)」
※「大変満足そうな顔でカメラを握っていますよ」

幹部の誰かが言いました。
「あ!どげしょう。この会場5時までしか借りとらんで」
※「あ、どうしよう この会場5時までしか借りてませんよ」

この春から幹部になった麻衣子も負けずにこう言いました。
「竹本さんは体ががいなけん、私1人では、よう運ばんわ」
※「竹本さんは体が大きいので、私1人ではとても運べません」

そうです。
いつの間にか講評会の会場に来ていた竹本さんは、5時までしか借りていない会場で倒れてしまったのです。

「困ったなぁ」
「困ったねぇ」

みんなが途方にくれていると、開けた窓から1匹の小さな虫が入ってきました。
それは小さな小さなトンボでした。


第10話 世界最小の救世主(2004年6月25日)

小さな小さな羽音の、小さな小さなトンボ。
小さなトンボを人々が見つけたと同時に、猛烈な勢いで竹本さんが立ち上がり、軽快なフットワークでシャッターを押し始めました。

「みなさん、ハッチョウトンボですよ ハッチョウトンボ!」
「わぁっ!」

見守っていた組員の間から歓声が沸き起こりました。

「竹本さんが起きなった!」 
※「竹本さんが起きた」
「これで帰れる!」

みな、口々に叫んでいます。

「よしっ!片付けだ!」

幹部の号令で、一斉に片づけが始まりました。
荷物を運ぶ賑やかなパレードは、駐車場まで、延々と続きました。

つづく(完結しないまま、今に至っています)→約4年後、完結しました。


第11話 鏡の魔法使いと小さなトンボ(2008年7月11日)

小さなトンボのおかげで起き上がることが出来た竹本さん。
ひとしきり撮影をして、ハッと我にかえりました。

「あれ? なんでこげなトコにおーだかいな」
 (あれ? なぜこんな所にいるんだろう)

「竹本さんは悪い魔法使いにカメラを渡されて興奮しすぎて倒れてしまいなっただがん」
 (倒れてしまったんですよ)

「そげでしたか」
 (そうでしたか)

「あげです」
 (そうです)

正気に戻った竹本さんに組員たちが尋ねました。

「田中先生に仕返しせんだ?」
 (仕返ししないの?)

竹本さんは答えました。

「別に仕返しとかせんでもえーだない?」
 (仕返しなどしなくてもいいんじゃない?)

組員たちは呆れて言いました。

「あらけ。あげに意地悪されたに。」
 (あらまぁ、あんなに意地悪されたのに)
「組を乗っ取ろうとしとんなったしこながん」
 (乗っ取ろうとしていたらしいじゃないですか)

竹本さんは更に言いました。

「だって、乗っ取れんかったが?」
 (だって、乗っ取れなかったじゃない?)

「まぁ、そげだわな」
 (まぁ、そうだねぇ)

乗っ取りに失敗した田中先生は、それからというもの、
山陰に足を踏み入れていないといいます。
そして竹本さんも、組員たちの心に釈然としないものを残したまま広島に旅立っていきました。

今では、トンボ撮り隊の影はすっかり払拭されているといいます。

昔こっぽりゴンボの葉。