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「幸福の田中さま」 わび(2004年10月18日)

ある国に、田中さんという、トンボが大好きでとても人気者だった会社員がいました。田中さんは若いっちゃぁ若いかなぁ?というころに亡くなってしまい、並木組の組員は田中さんを偲んで、小高い丘に”幸福の田中さん”の像を建てました。

全身が金色のリバーサルフィルムや数々の記録媒体に覆わ、目にはレンズ、首から提げたカメラは本物のカメラが使用され、背中にはリュックを背負い、その中にも数々のカメラ用品が入っている、それはそれは美しい像でした。

ある日、忘年会に参加するために店に向かう途中の一人の竹本さんがやって来て、田中さんの足下で大きな体を休めるように止まりました。歩き疲れた竹本さんが眠りにおちかけたその時、大きな水滴が落ちてきました。ふと像を見上げると、雨だと思ったそれは田中さんの涙でした。

何と! 田中さんの像が泣いていたのです。

「あー、田中さんじゃないすか。 
 なんで泣いてるんですか?」

竹本さんは尋ねました。すると田中さんはこういいました。

「私は生きていた頃、毎日トンボを撮ったり、
 フィルムの整理やHDDの整理、
 サイト更新を楽しんだりしてたんです。
 でね、東京は高い建物がいっぱいでしょ。 
 周り中建物だらけで外の世界を知らなかったから、
 毎日楽しくてですね、組員達は私を、
 『幸福の田中さん』と呼んでいたらしいんです。 
 で、死んじゃってからここに立つようになったんだけど、
 ここからは、山陰の貧しくも強欲な組員の生活が良く見えるんです。」

そして田中さんは、自分の体からフィルムを一本とり、貧しい組員へ与えてくれと竹本さんに頼んだのです。

忘年会会場の場所をいまいち覚えていなかった竹本さんは、急いで仲間達に追いつかなければいけないため、田中さんの頼みを断りました。しかし、田中さんは再度頼みました。

「死んで、広場の像になってから、初めて組員達の世界がわかったのです。 
 山陰には、なんてかわいそうな組員達がたくさんいるのだろうと。
 竹本さん、どうか、今夜一晩、私の願いをよろしくです」

田中さんの優しい心に打たれた竹本さんは、頼みを聞いてあげることにしました。カメラ、三脚、レフ版・・・田中さんは次々と身につけている備品を貧しく強欲な組員へ・・・と、竹本さんに運ばせました。田中さんが身に着けていたカメラ用品は、あっという間になくなってしまいました。

そして、また貧しい人を見て言いました。

「私の目の一つを届けてほしいんですよ。 
 私の目は、千年も前にMルタから持って来た珍しいレンズらしいんで」

と言いました。

「そんな!あなたの目をくりぬくなんてできません」

と、竹本さんは言いました。

「いいんですよ。 さぁ・・・私の目をよろしくです!」

と、田中さんは言いました。

竹本さんは泣きながらレンズを一つくりぬくと、田中さんの言う人のもとへレンズを届けました。

「今度こそ、僕は忘年会に行こう!」竹本さんはそう決めていました。

そして田中さんに言いました。

「田中さん、僕は店へ行きます。
 今夜、みんなは暖かい店で忘年会をしているはず。
 僕はそこできっと誰かのレンズをぺちって、今度の春、持って来ます」

幸福の田中さんは、はらりと涙を流して言いました。

「悪いですねー。
 でも、私はレンズをもらうよりも、
 今夜もう一晩だけ願いをよろしくしたいです。」

と言って、少女のように見えるけど本当は結構いっちゃってる組員・麻衣子に、もう片方の目のレンズを届けてほしい、と頼んだのです。

「田中さん、もう一つしかない目をくりぬいて届けたら、あなたは何も見えなくなってしまうのですよ」

「あー、いいですよ。 早く、少女のように見えるけど本当は結構いってる麻衣子組員にレンズをよろしくです!」

竹本さんは、涙を流し、田中さんの目をくりぬいて少女の(以下略)に届けました。

目の見えなくなった田中さんに竹本さんは言いました。

「僕は、ここにずっといることに決めました」

「でも竹本さん・・・、忘年会はどうするんですか?」

「行くのはやめました。
 何も見えなくなってしまった田中さんを、一人ぼっちになんてできません」

竹本さんはそう言うと、田中さんに、今まで見てきためずらしいことを話して聞かせました。田中さんは楽しそうに話を聞き、聞き終わると竹本さんに言いました。

「竹本さん。 
 どーせここにいるなら、今の話みたいに忘年会の様子を覗いてきて、
 話してもらっていいですか。
 で、そこにいる気の毒な人たちに、どうか私の体からフィルムを
 取り持って行って届けてほしい」

竹本さんは、幸福の田中さんの優しい心が大好きでした。田中さんの言うことならなんでも聞き、その願いを叶えてあげたいと思いました。次の日から、竹本さんは町の空を飛び回りました。何日も日が過ぎて、冬の寒さは日に日に厳しくなりました。そして竹本さんも、日に日に力がなくなっていくのが自分でもよくわかりました。ある夜、竹本さんは幸福の田中さんの肩によじ登り、静かに言いました。

「幸福の田中さん、ついにお別れのときが来たようです。」

フィルムの1本も残っていない、今は肌色の幸福の田中さんが微笑むように言いました。

「そうですか。 忘年会に行くんですね。
 今まで本当にお疲れさまでした」

「いいえ、田中さん」

竹本さんは最後の力を声にして、やっと言いました。

「死マネの国へ行くんです。
 でも、死マネの国って眠りの国と兄弟なんでしょう? 
 僕はゆっくり眠るんです」

そう言うと、竹本さんは肩からドドーンとすべり落ち、幸福の田中さんの足元に横たわりました。そして、そのまま本当に死んでいるように眠ってしまいました。そのとき、田中さんの胸の中でも、パチンと音をたて、鉛の心臓が二つに割れました。田中さんもまた、死んだように眠ったのです。

朝、組員たちが広場に集まり、フィルムのはげた肌色の幸福の田中さんをとりこわすことに決めました。誰が見ても、幸福の田中さんは美しい姿ではないと言うのです。それに、竹本さんまで寝ているとなると、「なんかヤバイへん?」という人もいました。

田中さんは火の中で溶かされました。けれども、どうしても鉛の心臓だけは溶けませんでした。その様子を東京からごらんになっていた組長が組の会計わび@もりいに言いました。

「本当に尊いものを二つ、ここへ持って来なさい」

わび@もりいは、田中さんの心臓と竹本さんを組長に届けようかと思いましたが、重いし、面倒だったので、心臓と竹本さんの寝顔の写真を届けました。組長はわびをほめて、こうおっしゃいました。

「竹本さんは、島根でこのまま寝かせておこう。
 田中さんは、いつまでも私のそばにいてもらうことにしよう。」

(めでたし)